(改装中)土の中からじっと見る

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雨の日のハイドランジア

お題「雨の日のちょっといい話」

 

今からお話するのは、私にとって大切な友人の物語です。

 

彼女は雨の日がとても苦手でした。私も苦手です。なぜなら私達は、空模様の変化に逐一反応してしまう体質をしているからです。これは人間の姿を得てから最低でも200年くらいは経たないと抜けないことが分かっています。

雨が近づいてくるとキィンと頭が痛くなって、体に力が入らずふらつきはじめ、日によっては目すら開けられずベッドから起き上がれなくなります。私などは90年ほど前にうっかり段差につまづいて左足をひどくひねってしまったものですから、雨が近づくと左足がしくしく痛みはじめます。

雨の当日よりも前日〜前々日あたりの方が辛いのは、彼女もまったく同じだと申しておりました。明日は雨が降るなぁ、といつも確実に分かります。外れたことはありません。良いのだか悪いのだか。

 

彼女とは、かつて同じ教室で薬草学を学んでいました。互いに、同じ時を生きられる友人は他にいませんでした。ですのでおそらく彼女も、空模様の変化に反応する体であることは他の誰にも言わずに来たはずです。仮に私達が本当に魔女やあやかしの類だったとしても、『魔女であること』と『魔女扱いされること』はまったく違うことを知っているからです。

私もわりと最近まで、誰にも言ったことがありません。

 

彼女はその朝も、起きたときから、頭が締め付けられるような痛みがあったそうです。

厚い靴下と上着をきちんと身につけて温かいスープを飲んでみても、手足の先がなんとも冷たいまま。あぁ、これは雨の前の兆候だなと。

となると、立って動けているうちに買い出しに行っておく必要があります。寝込んでからちゃんとした食事なんて作れませんからね。その時の彼女もおそらく、パンとか果物とか、まぁとりあえず簡単に食べられるものを多めに買っておこうと考えたでしょう。

彼女が当時住んでいたのは森の中ですが、村まではそう遠くない。手紙の配達も、農場の卵も、ちゃんと家まで来て手渡してくれていたそうです。村人にはほとんど会わずにすんで、かつ不便というほどではない、ちょうど良い距離に住めたものだと我ながら思う。と、手紙に書いてあったことがあります。

ちょうど良い距離といっても、そういう時は本当は出かけるのも嫌なものです。家の裏で小さな畑でもやれるならまだ良いのですが、残念ながら私達は、動植物を「採取する」ことは出来ても「育てる」ことは出来ないようになっているので……。

 

おっと話がそれました。ともかくその朝の彼女は、動けるうちに買い出しに行かなくてはと考えた訳です。

村へ向かおうとして扉を開けたとたん、たいそう驚いてしまったそうです。人が目の前に立っていたから。しかしそれは見慣れた制服だったので、なんとか悲鳴はあげずに済んだとか。

どうも、荷運び人の彼がちょうど扉をノックしようと手を伸ばした瞬間に、彼女が中から開けてしまったようなのです。彼もたいへん慌てており、ひっくり返った声で何度も謝っていたそうです。まぁふたりとも驚いたでしょうね。

 

村人と必要以上に関わらないようにしてきたといっても、さすがに荷運び人の彼や、毎朝卵を届けてくれる農場のおじいさんと挨拶をかわす習慣くらいはあったそうです。

何の確認もなしに扉を開けてしまった非礼を詫びながら、差出人は誰かと尋ねると、どうも彼の様子がいつもと違っている。手紙なり荷物なりを渡そうとするでもなく、しかし何かを言いたげだったと。

意図を掴みかねていると、彼は耳まで真っ赤にして花束を差し出したのですって。鮮やかな紫色と、可愛らしい桃色のハイドランジア。日本語で言うと確か"紫陽花"でしたね。

茎にはレースのリボンまで巻かれていたそうです。まさか彼の私物だったとは考えにくいので、おそらく村の雑貨屋で調達したのでしょう。彼女のために。

 

そして彼は言ったそうです。雨の日にお体の具合が悪そうになることは、以前から何となく知っていましたと。他に何もうまいことが思いつかなくて、何か俺に出来ることはありせんか……と。つっかえつっかえ、いかにも勇気を振り絞りましたという様子で。

背が高いはずなのに縮こまってしまって、みるみる首筋まで赤くなっていく彼を見ていたら、彼女も自分までどきどきしていることに気付いたそうですよ。冷たかったはずの手足がなんとも暖かくなっていったとか。

 

けれど彼女はもちろん、その花束を受取ることは出来ません。私が同じ立場でも受け取りません。元に戻れなくなってしまうから。

元に戻れない、の意味は……。私の口からは言ってはいけないことになっているので、どうか深く聞かないでくださいね。

彼女はわざと冷たい声になるよう努力して、少なくとも自分ではそう努力したつもりで、言ったそうです。必要以上に【森の薬師】と関わってはいけないと、お父様やお祖父様から教わらなかったのですか? と。

彼は答えました。そういうしきたりなのは、もちろん知っていますと。でも、具合の悪そうな人に手を貸したいのは、それは『必要』なことだと思うから、と。

 

彼女はほとんど無意識に腕を上げて、花束を受け取っていたそうです。

 

最後に二人に会った時のことは……これもあまりたくさん話す訳にいかないことの方が多いのですが。

私の目にはとても幸せそうな二人に見えた。とだけ言っておきますね。

 

 

この話を、「甘い恋の思い出」などではなく「ちょっといい話」の題で書いているのには理由があります。

彼女と村の人とは最低限しか関わってはいけないことになっていたのを、彼が破っているから。彼はその理由までは知らないのに破ってしまったから。彼女も拒絶しなければいけないと分かっていたのに、できなかったから。

古いしきたりよりも我が心に従うって、一見素敵な話なんですけどね。ただ、やった時に何が起きるか知らないまま破ってしまった青年は、実はもっと昔にもいたのです。古いものに意味がないとは限らない。

人間に特別な想いを抱いてしまった彼女も、もう元には戻れなくなってしまいました。

 

二人の生涯を、物語を、ぜーんぶ通して見た時「いい話」なんて言えそうな部分はほんの「ちょっと」だけ。でも、彼にとっても彼女にとっても、そのほんの「ちょっと」だけの思い出は、生涯胸から離れない宝物だったのです。

私は二人の死後、それを取り出して宝石にすることを約束しておりました。とある決まった手順を踏むことで、静かに還れるようにするのです。

ですので先日、約束を果たしてきました。

二人から取り出したそれは、紫色と桃色の花びらを輝く水滴の中に集めたような、まるで紫陽花のような宝石となりました。

 

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【了】

 

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※この物語はフィクションです

 ※参加表明して記事も書き終えていたのに、「15日」になったその日を「まだ14日」だと錯覚しており「15日」内に投稿しそこねるという失態をやらかしました。

なまじ、投稿直前にもう一度推敲しようと考えたもんだから予約投稿にしておらず…

でもこのために書いたのに誰の目にも触れないままにするのも登場人物に申し訳ないので、やっぱり投稿します!!! すみません!!!

ハイドランジアは紫陽花の学名で、ギリシャ語で『水の器』という意味だそうです。『紫陽花』も『水の器』もどちらも美しいので欲張った。


主催者様がお題企画に沿って書かれた記事はこちら

sourceone.hatenablog.com

ありがとうございました!